森田童子のこと(2018年6月24日)

6月中旬以降、すっかりサボり癖がついてしまって、ブログ更新はおろかフィールド散策もあまりしないまま徒に時が流れてしまった。
まだ掲載していないトンボの写真は少しあるけれど、その前に触れておきたい出来事がある。
6月11日、あるニュースがネット上で報じられた。
森田童子の訃報であった。
…えっ! 一瞬声を失ってしまった。何か忘れかけていた大事なものを思い出したのに、それは失ってしまったから気がついたような妙な感覚であった。
自分が森田童子の熱心なファンであったかというと必ずしもそうではない。ただ十代の頃には熱心に聞いた歌手であり、今でも何曲かは口ずさむことができる。
訃報を聞いてから森田童子についてネット上で調べてみた。

「1952年1月生まれ、本名不詳。1983年に引退して結婚、「ぼくたちの失敗」が1993年にドラマ『高校教師』の主題歌に使用されて大ヒット、2003年に同じドラマの続編でも使用され、再びヒットした。」

などとある。今はネット検索してちょっと調べればいろいろと分かる。ありがたいことである。

森田童子が亡くなったのは4月24日で、6月までニュースにならなかったのは、本人がマスコミに登場しなくなって久しく、メディアも把握できていなかったのだろう。ネット情報によるとJASRACの会報に訃報が掲載されて明らかになったらしい。
森田童子は1975年「さよならぼくのともだち」でデビューした。その頃16歳だった私がどんな経緯で森田童子を聞くようになったのかあまりよく覚えていない。多分友人からアルバムかカセットテープを借りて聞いたのではなかろうか。高校時代に聞いた曲の中では「さよならぼくのともだち」「ぼくたちの失敗」「ぼくと観光バスに乗ってみませんか」の3曲をよく覚えている。

1993年にテレビドラマ『高校教師』の主題歌に使用された「ぼくたちの失敗」はシングルCDが100万枚近く売れ、森田童子の名前を一躍有名にしたらしい。そう言えばその頃に流行ったような記憶がある。

森田童子の訃報に接し、久し振りにYouTubeで森田童子の曲を聴いてみる。
十代の頃に聞いた曲を今更聴いても…と思わないでもなかったが、聴いてみると意外なことにあまり古さを感じない。いや歌の内容は古いのかもしれないが、だから何だ。いい歌はいつまでもいい歌なのだ。そうではなかろうか。

YouTubeで聴くのに飽き足らず、CDが入手できるか調べてみた。2016年に9タイトルがCD化され売られていることが分かった。
そうして買ったのが写真1の2枚と写真2の2枚。

▼写真1 森田童子のCD その1(左がファーストアルバム、右がセカンドアルバム)
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▼写真2 森田童子のCD その2(左がライブアルバム、右が自選集)
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銀座のレコード屋で森田童子のアルバムを探すと結構たくさん置いてあった。同年代と思われる男性が3枚ほど買って帰るのを黙ってみていた。その時はいつでも買えると思って買わなかったのだが、近所の小さなレコード屋ではまったく見つからず、吉祥寺の複数のレコード屋を回ってようやくライブアルバムと自選集を入手できた。
ファーストアルバムとセカンドアルバムは家人に渋谷の店で買ってきてもらった。
久し振りに森田童子のアルバムを聴いて、『伝書鳩』『春爛漫』もよく覚えていたので自分が高校時代に熱心に聴いていたのはセカンドアルバムであることが分かった。
自分の記憶の中では、「ぼくたちの失敗」のようにどこかくぐもったような、夢の中で歌っているような、写真で言えばソフトフィルターをかけたような歌声が印象に残っているのだが、今聴いてみるとそうでもなく、むしろ繊細な透明感のある歌声が心に染みる。

森田童子は新宿ロフトや西荻窪ロフトでよくライブをやっていたそうで、新宿ではほかにルイードでもやっていたらしい。新宿ルイードにはその頃、今は亡き松原みきのライブを見に行ったりしていた。今更ながら森田童子のライブも見に行けば良かったと思わないではいられない。

それほど熱心なファンではなかったはずなのに、訃報のショックが意外なほど大きく、心の中に大きな穴が空いてしまったと感じるこの6月であった。森田童子の魂に合掌。

森田童子についてもっと知りたいという方のために下記に3つのリンクを張っておく。
森田童子のCDについて→UNIVERSAL MUSIC JAPAN
森田童子について→森田童子研究所
森田童子に関するブログ→森田童子の美学Ⅱ

by mikiosu | 2018-06-24 18:00 | その他 | Comments(0)

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